皇學館大学での新田均先生講座 最終回 ・・・→ 松阪の小野江神社に場所を移して後半へ
自分の国の建国の歴史を知ることも大事ながら、
「聞く」「書き取る」「伝える」という、時代に逆行している学びの方法が
AI依存の時代に自分で人間力を養える方法だと新田先生と共に振り返った。
この日、4年生の男の子が前回の講座のまとめを発表してもらった。
また、中学1年生の女の子が、3回を終えた感想を伝えた。
この二人には、電話でオファーした。
特に迷うことなくOKとの返答。
男の子は緊張していた。そして、本人も緊張したという。この合致って大事だと思う。
私は、緊張している様子は本当に好きだ、美しいと思う。
女の子は、「最初は興味がなかったが、だんだん面白くなってきた。」というシンプルな内容だったが
メモを準備していた(^.^)。 ちゃんと言えるように自分で準備したのかな?
メモを見ながら発表したけれど、本当にそう感じたことが伝わってきた。 感じいい♡
改めて、子ども里山そうぞう学校開設の時の理想を確認すると↓
「自意識の芽吹く10歳前後の若い世代に対し、驚くほど嬉しくなったり、泣きたいほど緊張したり
自分は何が好きで何が嫌いだと感じるのか?いったい何をしたい!と思うのか?といった
自分を探るような経験のできるプログラムが、地域の中にあると素敵だと思います。
教育者はただ見守り、芸術活動家はただ自分の愛するモノのことを語り、
地域の大人が少し世話をやく、そんな空間がつくれないのだろうかと。」
感じて・考えて・表現(伝える)することを大事に見守るプログラムを企画し続けてきた。
今、森の劇場プロジェクトは、人間だれしもが持つ根源芸術性に着目している、
言い換えれば審美眼とか良心とも言えるように思う。
新田先生は学者だが、研究して信頼できる学問を楽しそうに語る。
だから、芸術活動家なのだろう。
そんな言葉は、漢字のならぶ一見難しそうな内容も、年齢に関係なく耳に届くのだろうと思う。
子どもたちの表現も、小さいながら根源芸術の芽のようだった。
「神武東征」 日本の初代神武天皇が、まずよい心をひろめたい、
そして、家族のように仲良く暮らせる国をつくろうと、理想を言葉にされたという我が国、日本。
人と人は、ひとめ惚れということもあるけれど、
国に関しては歴史を知らなければ愛せないと思う。
知った上で、自分の国のお国柄が苦手というのはよいけれど、
知らないというのはよくないと思う。
自国の歴史を正しく知っていることが普通になった社会を想像すると、
根っこ、、、、もしくは、根っこから手を伸ばす菌根菌のような愛情を共有できるような気がした。
公共劇場の使命に相応しいと思う。
自分の生まれ育つ国の建国の歴史を知っていることが、どうか普通になりますように。
NPO法人 森の劇場プロジェクト
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